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2011年5月 9日 (月)

被災地への一時帰宅・南相馬への迂回ルートなど

ゴールデンウィークの間、南相馬から避難していた義母・義弟が一時帰宅することになりました。そこで一時帰宅する義母らを車に乗せて、その往路、復路、東北方面へ2往復してきました。

往路は義母・義弟を下した後に白石蔵王まで遠征したため、GW中は東北地方2往復、計1600キロほど走行しました。

<一時帰宅・往路のルート>
5月1日 東京(豊島区自宅)→東北道→あぶくま高原道路→福島空港
       (福島空港→南相馬は義母の軽自動車を義弟が運転)

※義母・義弟は3月13日の福島空港からの臨時便で東京に避難したため、南相馬から福島空港駐車場まで軽自動車できていました。

義母・義弟を下しした後、私と妻はゴールデンウィークから営業再開した白石蔵王の「だいこんの花」まで遠征し、2泊とまって東京に戻りました。(白石蔵王『だいこんの花』 Part Ⅳ


<一時帰宅・復路のルート>
5月8~9日
 東京(豊島区自宅)→東北道→福島西IC→国道115号線→相馬→国道6号線→南相馬
 (戻りは逆ルート)

Photo

東京-南相馬のルートは通常、常磐道→常磐富岡(終点)→国道6号線→南相馬(約270キロ・図の右側ルート)ですが、今回常磐道広野~6号線小高付近までは立ち入り禁止のため、図の左ルート(約360キロ)で南相馬に向かいました。通常ルートは3時間半程度ですが、左ルートは最短で4時間半、通常は5時間以上かかります。

東北道から南相馬までは、東北道の二本松ICから川俣~飯館を経由するルートが近いのですが、このルートは計画的避難区域にあたるため間もなく通行できなくなります。現状(5月9日)通行可能ですが、それでも義弟が5月1日に通過した際に3~4マイクロシーベルト程度の放射線量を計測しており、依然として危険な状態にあります。放射線を望んで浴びる人はまずいないでしょうから、ここの通過は避けるべきでしょう。

<5月1日・【往路】福島空港へ>

東京から福島空港へ向かう場合、矢吹ICからあぶくま高原道路に入ると早いのですが、あぶくま高原道路は地震の被害が大きく凸凹で、50キロ以上の走行は危険です。

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ごらんの通り、道路が波打っている状態です。

ちなみに東北道の白河~本宮間も状態が悪く、高速走行していると時々車がジャンプして驚きます。基本的にこの区間は80キロ規制となっています。

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無事福島空港に到着。90日以上放置していたバモスは無事エンジン始動できました。

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こんなことでもなければ来ることはなかった、『福島空港』。 相次ぐ地方空港の開業には決して前向きではなかったのですが、今度ばかりは福島空港があって助かりました。

新幹線が開通するまでの間、ANAは毎日羽田-福島臨時便を飛ばしてくれました。そのために義母・義弟は新幹線はおろか道路も開通しない3月14日に東京まで避難することができました。そのために翌15日の福島原発の水素爆発により南相馬~飯館区域にかけて大量に降った放射性物質から逃れることができたのです。

<5月8日・【復路】南相馬へ>

5月8日は帰省中の母を迎えに震災後初めて南相馬に向かいました。

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福島西ICを降りて115号線に入ります。

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115号線は90分近くかけて峠を越えますが、途中新緑がきれいでした。

すれ違う車には被災地から戻る自衛隊の装甲車や他県ナンバーのバスなども多く、ここが相馬~南相馬地域への幹線ルートとなっているようでした。

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上の3枚は国道6号線(鹿島付近)の海側の車窓です。テレビでもっと酷い情景を毎日見てきましたが、実際の情景を目の当たりにするとはやりショックです。

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2か月近く動かない常磐線(南相馬付近の踏切)。線路は廃線跡のように錆びつき、うねっていました。

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南相馬市役所は休日も営業し、被災者への義捐金請求などの手続きを受け付けています。東京でも住基ネットで南相馬市の住民票を取得できますが、はやり居住地で手続きするのが早くて便利。

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南相馬は被災当初に比べ人が少しずつ増えているといいますが、それでも異常な雰囲気に包まれていました。外に子供はおらず、自衛隊の被災支援車両ばかりが目立ち、開いている店は通常の1/4程度。入院を受け付ける病院もほとんどなく、これでは義母をこの町に戻すわけにはいきません。

それでもGW以降はイオンやヨークベニマル(ヨーカドーの東北版)が開き、物資は比較的潤沢になってきたようです。

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5月9日、車が揺れるほどの強風の中東京に戻りましたが、途中羽生付近の事故渋滞にはまりました。これがなければ5時間程度ですが結局6時間以上かかってしまい、義母もぐったり。

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