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2011年5月

2011年5月22日 (日)

フォーシーズンホテル椿山荘東京

目白台にある「フォーシーズンホテル椿山荘」は自宅から近いこともあって良く行きます。

近くなので宿泊したことはありませんが、場所柄視界を妨げる建造物がないので、東京の都心部を望むことができると思います。

昨日(土曜日)に日本料理「みゆき」に行きましたが、天気が良く庭の新緑がきれいでした。都心の狭小地に立つ自宅に庭と呼べる土地は無く、椿山荘の庭を勝手に「我が家の庭」と呼ばせていただいています。

撮影日:庭と「みゆき」 5月21日、「イル・テアトロ」 5月14日、それ以外は以前に撮ったもの。

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毎年5月下旬~6月下旬にかけて「ほたる」を見ることができます。

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フォーシーズンホテル椿山荘東京は椿山荘の敷地にありますが、結婚式などで有名な「椿山荘」はガーデンレストランでこれとは別の施設です。

もともとこの土地は山形有朋が明治時代に購入したそうですが、現在は藤田観光が所有します。椿山荘とフォーシーズンホテル椿山荘東京は藤田観光が経営しています。
(丸の内のフォーシーズンホテルはフォーシーズン直営)

椿山荘の庭園は目白通りが走る目白台から神田川が流れる関口町までの傾斜地にあります。私が子供のころ、この丘の上には田中角栄邸、細川邸などがあって閑静な住宅街でした。今も閑静な街並みにかわりはありませんが、お屋敷は分筆されて小さな家の住宅街に変わり、あるいは田中邸のように公園化されたところもあります。友人の実家も名家のお屋敷でしたが、やはり分筆されて住宅街になりました。

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ここの庭が見えるラウンジは気持ちよく、打ち合わせなどでもよく利用しています。ここのレストランはミシュランなどの有名店はありませんが、ソツなく上質な料理が出ます。

カジュアルダイニング、イタリアン「イル・テアトロ」、日本料理「みゆき」があります。

昨日は、ここにある日本料理「みゆき」でランチをいただきました。

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南相馬から避難している義母と、私の実母を「遅れ母の日」と称して連れ出しましたが、食べられないものも多い義母に合わせて肉を使わないメニューを選びました。

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静岡茶のアイス緑茶。同じお茶を凍らせて作ったアイスを使うので薄まりません。ここで出るアイスティー(紅茶)も同じです。

カジュアルダイニングもおすすめです。

Img_0035見ての通り

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ここのパンはいけます。チーズの薄焼きが癖になります。

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シーザーサラダ。時々スタイルを変えています。

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ピンボケ写真ですが・・・エビフライ。大分前のものですがメニューにはなく、お願いすれば出てくる特別メニューだったと思います。

イル・テアトロ(暗く不出来な写真ばかり)

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イカ墨のパスタ(タリアテッレ)

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アスパラガスのリゾット

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イベリコ豚のロースト(下はマッシュルーム)

季節外れですが、昨年のクリスマスデコレーションです。

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結婚式も多いです。昨日(5月21日)にも何組か見かけました。


【アーカイブス】列車旅・急行『はまなす』に乗る

本ブログを始める以前の某SNSに掲載していた写真などからまとめなおしました。

『はまなす』 2008年9月

『はまなす』は札幌~青森間の夜行急行列車です。寝台車もありますが、普通の座席車両(指定席、自由席)もあって、夜行バスが走らないこの区間では人気があるようです。相次ぐ夜行列車廃止の中で、この昭和な列車はしばらく走り続けてくれそうです。

周遊券(まだあるのでしょうか)?などを利用し格安に旅する学生にも人気と聞きました。

例によって列車に乗ることが目的。青森行きの最終便で来て『はまなす』に乗り、札幌からまた飛行機で帰るという忙しい旅でした。

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薄汚れた機関車が青い客車をけん引します(青森で)。30年前とほとんど変わらない情景です。

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『あけぼの』、『北斗星』などでも乗った青い客車です。いずれも古い客車ですが、JR東日本の『あけぼの』、『北斗星』、『日本海』は手入れが行き届いていたのに対し、JR北海道が所有するこの客車は外板がぼこぼこで薄汚れていました。

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B寝台の車内。

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乗ってしまうと前に乗った『まりも』の寝台とまったく変わりはありません。何度乗っても寝台列車の夜は特別な体験で、子供の頃から変わらない心が躍ります。

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この列車もあっというまに夜が明けて、気づいてみればもう千歳付近でした。

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まぶしい朝日が車内に差し込んできました(千歳)。

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あっという間に札幌に到着。まだ6時過ぎです。

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前に回ってみれば、機関車は函館で付け替えたディーゼル機関車(DD51)に代わっていました。

6時ではカフェも開いておらず、6:30まで待ってスタバ、7時に開いたホテル日航のラウンジで朝食をいただいてから飛行機で帰りました。

【アーカイブス】列車旅・寝台特急『あけぼの』に乗る・『白鳥』も

本ブログを始める以前の某SNSに掲載していた写真などからまとめなおしました。

『あけぼの』2008年4月

『あけぼの』は上野を夜10時前に出発し、上越、羽越、奥羽本線を回って翌朝10時前に青森に着く寝台列車です。早朝秋田に着くので、秋田に夜行で移動するニーズがあるようですが、最近の利用者は、「夜のうちに目的地に移動する」という本来の目的ではなく、この列車に乗ること自体が目的の人も多いと思います。

私もその一人で、『あけもぼ』で青森に着いた後は飛行機でトンボ返りする予定でした。しかし今回はせっかくなので『白鳥』に乗って函館まで足を延ばし、函館からは飛行機で帰宅することにしました。

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上野駅の13番線から出発します。『北斗星』、『カシオペア』が出発するホームです。
21:45発とありますがダイヤが変更され、現在は出発時刻が少し早まっています。

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『あけぼの』は機関車がけん引する客車列車です。上野駅は行き止まりになっているので、車両基地から駅までは客車を先頭に、機関車が後ろから推進して入ってきます。

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機関車は赤いEF81という上野~青森まで(直流~交流まで)直通できるタイプ。今はEF64という山岳線に向くタイプに変更され、途中で交換するようです。

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『シングルデラックス』というタイプの個室を押さえました。

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一人で過ごすのにちょうどよい個室です。洗面台とテレビもついています。

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ベットを畳めばコンパクトな座席になる仕様です。青森到着は朝10時なので車窓をゆっくり楽しむ時間があります。 

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古い改造車両ですが、内装はしっかり作りこんであり、手入れもよく快適です。

Img_1849今となっては古めかしいパネル。音楽放送とビデオを操作できるようですが、使うことはありませんでした。

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水上はドアが閉まったままの停車。その後長岡でも目が覚めました。

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秋田まで来ると下車する人が増えてきます。

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終点の青森駅で。

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自分が乗車した客車を反対側のホームから撮影。

小一時間ほど青森で過ごし、『白鳥』に乗り換えて函館に向かいました。

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『白鳥』は最新鋭の電車でした(写真は終点函館のホームで撮ったもの)。

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革製のゆったりとしたシートでした。

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座席ごとにパソコン用の電源が用意されていました。

『白鳥』の旅は居眠りしながらあっという間に終わりました。

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函館駅の隣にある朝市で昼ごはん。この後すぐに函館空港発の飛行機でトンボ返りしました。

 

【アーカイブス】列車旅・『まりも』に乗る

本ブログを始める以前に某SNSに掲載していたものなどを中心に寄せ集めました。

『まりも』(2008年2月)

『まりも』は昭和30年代までは函館から札幌を経由して根室まで北海道を縦断する主要列車で、松本清張の小説にも登場しました。途中廃止された期間もあったようですが、最期の『まりも』は札幌~釧路間の夜行列車でした。

廃止が決定した08年の春先に無理して乗車しました。わざわざ飛行機で釧路に飛び、『まりも』に乗車、早朝札幌に着いた後は飛行機でトンボ返りです。

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北海道とはいえ釧路は太平洋岸にあって雪の少ない気候です。最終便で釧路に着きましたが、2月とはいえ市内は凍てつく寒さでした。

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駅で2時間も待つ羽目に。周囲を歩いてみても何もなく、仕方なく駅の待合室で過ごしました。案内を見てわかる通り21:56発の普通列車のあとは23:30発の『まりも』のみ。

寂しい限りですが途中で札幌発の最終特急が到着し、わずかばかりの下車客で一瞬賑わいました。

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『まりも』は出発30分前に改札前のホームに入りました。

ディーゼルカーの間に客車を挟んだ独特の編成です。

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寝台客車はB寝台というタイプ。ブルーに塗られていた客車をディーゼルカーに合わせて塗りなおしたもの。

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車内は昔ながらのB寝台。

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今夜のベット。自分でシーツを敷いて寝ます。

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狭いベットですが懐かしさもあってうれしい気持ちになりました。

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しかしあまりにも短い旅で、一瞬休んで目がさめればもう札幌近郊を走っていました。

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あっという間に早朝の札幌に到着。

途中の千歳で降りて千歳空港発の早朝便に乗り換えた人がかなりいたようです。そのようなニーズもあったのですが、残念ながらほどなく『まりも』は廃止されました。

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札幌にて。あまりに短い列車旅でした。

この後ホテル日航で朝食をいただいて飛行機で帰りました。

2011年5月14日 (土)

メルセデスベンツE350カブリオレ・E250クーペを試乗

「試乗車がきてますよ」と連絡があってヤナセに2度も遊びに行ってしまいました。まだ買い替える予定がなく冷やかしばかりで申し訳なく思いながらも、「試乗」の誘惑には勝てません。

E250クーペとE350カブリオレに乗せてもらいました。

天気の良い日でしたが逆光などがたたり写真は不出来です。

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E250クーペ。ダウンサイジングでEクラスもエントリーモデルは4気筒1.8Lになりました。セダンにも同じエンジンのモデルがあります。
本来ならばE180なのでしょうけど、過給機付きでパワーは2.5L以上という感覚です。

身軽で加速もよくて快適でした。 取り回しもよく、私のように後部座席に人を乗せることが少なく、都内の狭小地ばかりを走る身にはこれが案外ベストかもしれないと思いました。
今のセダンとはまだ乗り比べていませんが、少なくとも前のセダンよりも剛性感が上がっています。

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今日乗せてもらったE350カブリオレ。やはりオープンは恰好良いです。

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内装はキャラメルベージュ。

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カブリオレは全て左ハンドル仕様ですが、Eクラスクーペは割と見切りがよく、運転し易い車です。

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幌を閉めた場合の外装は、ハードトップのクーペに軍配が上がります。
例えばホワイトボディーにベージュの幌などの組み合わせはオシャレではないかと思いました。

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後ろはこんな感じ

E250クーペもなかなかだったのですが、E350カブリオレのアクセルを踏んだ瞬間にはやりこれだと思ってしまいました。
アクセルを深く踏み込むとなめらかに加速が進むV6の感覚は不思議な安心感があります。

このモデルは風の巻き込みが少なくて快適です。また幌を閉めてもクーペにくらべ特に狭いという感覚はありません(私は日本人男性の平均身長プラスαの痩せ型)。

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3ヵ月在庫のままの可哀そうなE350クーペ。赤という色と左ハンドルが災いしてなかなか買い手がつかないようです。

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うちの車(E350アヴァンギャルドの前のモデル)と今日の試乗車(E350カブリオレ)とが仲良く並びました。デザインが曲線から直線的に変わった感じです。

2011年5月 9日 (月)

白石蔵王『だいこんの花』 Part Ⅳ

蔵王の遠刈田温泉にある『だいこんの花』に行ってきました。
震災の際に温泉設備の一部が壊れたほか直接的な被害はなかったそうですが、断水が続きしばらく営業休止していました。ゴールデンウィーク前から営業再開したとのことで、義母・義弟を福島空港まで送ったついでに白石まで足を延ばして2泊しました。

ここは過去記事に詳しいので、差分のみとさせていただきます。

過去記事:


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夏場の駐車場。冬に来たことはありませんが、冬季は遠刈田温泉から入ると手前側の駐車場を使っているようです。

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■客室

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■食事

食事はいままで量が多くて全部たいらげると大変でしたが、今回から量を少し減らし追加メニューを設定する方式に変わりました。野菜天ぷらなどを追加できましたが、もともと私の胃袋には多すぎる量だったので追加オーダーは遠慮しました。

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おなじみの野菜煮込み

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和牛のすきやき

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筍ごはん

今回は2連泊したので、違うメニューもいただきました。

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野菜とはまぐりのバーニャカウダ

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しゃぶしゃぶ、ではなくこのままいただく和牛のサラダ仕立て

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ブイヤベース。初めていただいたメニューです

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三元豚のグリルと焼き筍

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釜で炊いた豆ごはん。お焦げ付き

健康的な食事のおかげで、二晩お世話になると胃腸の調子がよくなりました。

■朝食

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2日目(初日)

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3日目

■その他

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庭に立派なタラの芽が、しかし夕食で振る舞われたものはここで摘んだものではないそうです。

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小鳥サロンにて

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あらわれるのは小鳥ばかりではありません。

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今回(5月1~3日)は天気も良くとても気持ちよく過ごすことができました。

しかし帰りは意外にも東北道の上りで大渋滞にはまりました。道路交通情報センターの予報にもない渋滞ですが、震災以降東北道・常磐道の渋滞パターンが変わってしまったようで、予測が不正確になっています。

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5月3日の上り渋滞は福島県内がひどく、東京へ向かうにつれて解消されました。東北地方ナンバーの車が多く、道路交通情報センターの予報ではまったく渋滞がない場所と時間帯です。
震災以降は道路事情が変則的になっているようです。

関連記事:

被災地への一時帰宅・南相馬への迂回ルートなど

ゴールデンウィークの間、南相馬から避難していた義母・義弟が一時帰宅することになりました。そこで一時帰宅する義母らを車に乗せて、その往路、復路、東北方面へ2往復してきました。

往路は義母・義弟を下した後に白石蔵王まで遠征したため、GW中は東北地方2往復、計1600キロほど走行しました。

<一時帰宅・往路のルート>
5月1日 東京(豊島区自宅)→東北道→あぶくま高原道路→福島空港
       (福島空港→南相馬は義母の軽自動車を義弟が運転)

※義母・義弟は3月13日の福島空港からの臨時便で東京に避難したため、南相馬から福島空港駐車場まで軽自動車できていました。

義母・義弟を下しした後、私と妻はゴールデンウィークから営業再開した白石蔵王の「だいこんの花」まで遠征し、2泊とまって東京に戻りました。(白石蔵王『だいこんの花』 Part Ⅳ


<一時帰宅・復路のルート>
5月8~9日
 東京(豊島区自宅)→東北道→福島西IC→国道115号線→相馬→国道6号線→南相馬
 (戻りは逆ルート)

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東京-南相馬のルートは通常、常磐道→常磐富岡(終点)→国道6号線→南相馬(約270キロ・図の右側ルート)ですが、今回常磐道広野~6号線小高付近までは立ち入り禁止のため、図の左ルート(約360キロ)で南相馬に向かいました。通常ルートは3時間半程度ですが、左ルートは最短で4時間半、通常は5時間以上かかります。

東北道から南相馬までは、東北道の二本松ICから川俣~飯館を経由するルートが近いのですが、このルートは計画的避難区域にあたるため間もなく通行できなくなります。現状(5月9日)通行可能ですが、それでも義弟が5月1日に通過した際に3~4マイクロシーベルト程度の放射線量を計測しており、依然として危険な状態にあります。放射線を望んで浴びる人はまずいないでしょうから、ここの通過は避けるべきでしょう。

<5月1日・【往路】福島空港へ>

東京から福島空港へ向かう場合、矢吹ICからあぶくま高原道路に入ると早いのですが、あぶくま高原道路は地震の被害が大きく凸凹で、50キロ以上の走行は危険です。

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ごらんの通り、道路が波打っている状態です。

ちなみに東北道の白河~本宮間も状態が悪く、高速走行していると時々車がジャンプして驚きます。基本的にこの区間は80キロ規制となっています。

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無事福島空港に到着。90日以上放置していたバモスは無事エンジン始動できました。

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こんなことでもなければ来ることはなかった、『福島空港』。 相次ぐ地方空港の開業には決して前向きではなかったのですが、今度ばかりは福島空港があって助かりました。

新幹線が開通するまでの間、ANAは毎日羽田-福島臨時便を飛ばしてくれました。そのために義母・義弟は新幹線はおろか道路も開通しない3月14日に東京まで避難することができました。そのために翌15日の福島原発の水素爆発により南相馬~飯館区域にかけて大量に降った放射性物質から逃れることができたのです。

<5月8日・【復路】南相馬へ>

5月8日は帰省中の母を迎えに震災後初めて南相馬に向かいました。

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福島西ICを降りて115号線に入ります。

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115号線は90分近くかけて峠を越えますが、途中新緑がきれいでした。

すれ違う車には被災地から戻る自衛隊の装甲車や他県ナンバーのバスなども多く、ここが相馬~南相馬地域への幹線ルートとなっているようでした。

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上の3枚は国道6号線(鹿島付近)の海側の車窓です。テレビでもっと酷い情景を毎日見てきましたが、実際の情景を目の当たりにするとはやりショックです。

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2か月近く動かない常磐線(南相馬付近の踏切)。線路は廃線跡のように錆びつき、うねっていました。

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南相馬市役所は休日も営業し、被災者への義捐金請求などの手続きを受け付けています。東京でも住基ネットで南相馬市の住民票を取得できますが、はやり居住地で手続きするのが早くて便利。

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南相馬は被災当初に比べ人が少しずつ増えているといいますが、それでも異常な雰囲気に包まれていました。外に子供はおらず、自衛隊の被災支援車両ばかりが目立ち、開いている店は通常の1/4程度。入院を受け付ける病院もほとんどなく、これでは義母をこの町に戻すわけにはいきません。

それでもGW以降はイオンやヨークベニマル(ヨーカドーの東北版)が開き、物資は比較的潤沢になってきたようです。

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5月9日、車が揺れるほどの強風の中東京に戻りましたが、途中羽生付近の事故渋滞にはまりました。これがなければ5時間程度ですが結局6時間以上かかってしまい、義母もぐったり。

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