« 地震直後の東京都内 | トップページ | 復興を心から願う・【回想2】気仙沼・釜石・宮古・田老など »

2011年3月27日 (日)

復興を心から願う・【回想1】大震災被災以前の南相馬・相馬・飯館など

東日本大震災により、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された地域の皆さま、その家族の方々に心よりお見舞い申し上げます。


私は妻方の親戚が南相馬や飯舘におり、地震・津波・原発事故の3重の被害をうけました。このような大災害にもかかわらず、避難先の横浜で亡くなった高齢者1名を除き親類縁者のほぼ全員の無事が確認されました。

義母・義弟を東京都内の自宅に受け入れ、その他の親戚は郡山の親戚宅、山形の避難所へ避難。飯舘には一部の親戚が残留し、いわきに在住する親戚があります。

東京に生まれ育った私には故郷と呼べる土地が無く、結婚後多くの人との親交が深まった福島は私の心の故郷です。

■■ 富岡 ■■

Img_0838

南相馬へ向かう常磐道富岡付近。ここはひび入るなどの被害がありましたが、原発から直線距離で5~6キロというところにあって復旧もままならない状態のようです。

Img_6344

よくお世話になった富岡のリベラルパークヒルズ(ゴフル場とホテル)。一日も早くこの地に再来できることを願います。

■■ 南相馬 ■■

Img_0875

Img_1887

Img_1889

相馬の野間追祭場。ここは福島第一原発から20~30キロの範囲にありますが、海岸線から距離があるので津波の被害はなかったと思われます。

Img_0881

Img_0886

Img_0894

伝統行事「野馬追い」の復興を心から願います。

Img_1881

南相馬の北泉海水浴場。夏には花火大会があります。
非常に残念なことですが、この地帯は壊滅状態と思われます。

Img_1908

南相馬の中心、JR原ノ町駅。南相馬市はもともと原町市、小高町など近隣町市が合併してできた市です。

■■ 相馬 ■■

Img_4282

南相馬から北に上ったところにある相馬市の水産物直売センター。Googleの被災後の衛星写真によれば、この建屋は残っていますが周囲に大きな漁船が何艘もも乗り上げる状況でした。

Img_4285

相馬の松川浦での潮干狩りのようす(10年5月)。

Img_4403

Img_4405

潮干狩りの後にアサリご飯をいただいた旭亭。

■■ 飯舘村 ■■

Img_9195

秋の福島県飯舘村

Img_9196

秋になるとどの家も軒先に干し柿をつるします。

Img_9201

山に入ってキノコを摘みました

Img_9208_2

しめじ

Img_2130

春から初夏にかけて、山菜摘みの季節です。

Img_2140

わらび。わらびのほか、タラの芽、コシアブラなどたくさん摘みました。

Img_0137

飯舘村はどかな田舎の景色がひろがります。

Img_4398_2

飯館村の桜(10年5月)。今年もきっと花を咲かせてくれるでしょう。

 

« 地震直後の東京都内 | トップページ | 復興を心から願う・【回想2】気仙沼・釜石・宮古・田老など »

東日本大震災」カテゴリの記事

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31